66.<余滴>長谷川泰の真影と塑像

♪長谷川泰が亡くなったのは、明治45年(1912)3月11日のことでしたが、百か日にあたり「長谷川泰翁塑像」が彫塑家・牧野國助(当時の住所は東京市本郷區千駄木町272番地)によって製作され頒布(3円50銭)されることになります。

♪雑誌『日本之醫界』(第36号 明治45年7月15日)に「醫傑長谷川泰翁塑像成る!」の広告があり、長谷川泰の真影をもとに作られる石膏塑像の完成イメージ図が載っていました。

♪長谷川泰の真影(最後の写真)は、明治44年(1911)4月に同門の人々270余名が上野公園常盤華壇に長谷川泰を招いて謝恩の宴を催した折、来会者に記念品として贈るために撮影された写真です。長谷川泰の写真集『柳塘遺影』(長谷川保定撮影 長谷川泰遺稿集刊行會 昭和9年)に収載されています。

長谷川泰「最後の真影」(出典:『柳塘遺影』)

「長谷川泰を語る会」のブログによると、この塑像は、新潟県長岡の黒条地区で開業医を務められていた織田さん宅(医院)にも所蔵されていたそうです。

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長谷川泰石膏塑像(胸像)の裏側

♪「長谷川泰を語る会」(新潟県長岡市)の恩田富太さんから長谷川泰の石膏塑像の裏側の写真を送っていただきました。
そこには、「故長谷川泰先生像 牧野國助作」と刻まれていました。現在、この塑像の実物は、織田家(医院)より寄贈され「長谷川泰を語る会」で保管されているとのことです。

長谷川泰石膏塑像の裏面(「長谷川泰を語る会」提供)

(平成31年3月26日 追記)(平成31年3月27日 追記)