125.第1回官立医科大学附属図書館協議会;新潟医科大学:昭和2年11月10日

昭和のはじめ、官立医科大学には、新潟医科大学、岡山医科大学、千葉医科大学、金沢医科大学、長崎医科大学の5大学がありましたが、例年行われる官立医科大学の「事務協議会」では、図書館関係の議題は、後回しにされ、附属図書館から参加していた書記(司書)たちは歯がゆい思いをしていました。

そこで、この事務協議会とは別の「図書館事務打合会」を組織することが岡山医科大学の松田金十郎から提案され、新潟医科大学の清川陸男(きよかわ・むつお)*を中心とした「官立医科大学附属図書館協議会」が、それぞれの附属図書館長の協力を得て創立されることになります。現在の「日本医学図書館協会」の誕生です。

今年(2022年)は、「日本医学図書館協会」の創立95年にあたります。

*清川陸男(きよかわ・むつお)

写真の説明はありません。
清川陸男(新潟医科大学書記)(渡邊正亥先生提供)
清河八郎肖像(「清河八郎」明治28年刊)

 

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第1回官立医科大学附属図書館協議会は、昭和2年(1927)11月10日~11日の日程で新潟医科大学附属図書館で開催されることになります。医学雑誌の共同雑誌目録編纂や相互図書貸借などについて協議されています。

参加した司書(書記)には、当番館の新潟から清川陸男(きよかわ・むつお)渡邊正亥(わたなべ・まさい)の2名、岡山から松田金十郎、千葉から北村清、金沢から山本弥三吉、長崎から山口林一がいました。

館長には、新潟医科大学・宮路重嗣(衛生学)、岡山医科大学・生沼漕六(生理学)、千葉医科大学・福田得志(薬理学)、金沢医科大学・古畑種基(法医学)、長崎医科大学・緒方大象(生理学)の諸教授がいました。

会場:新潟医科大学

新潟医科大学本館(絵葉書)
出典:「日本医学図書館協会六十年略史」(「官立医科大学附属図書館協議会」の創立経緯)(堀江幸司)

 

新潟医科大学附属図書館(渡邊正亥先生提供)
新潟医科大学前庭より教室を望む(絵葉書)

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協議終了後、宮路重嗣館長の招宴が当時日本海側随一と言われたイタリア軒で開催され、その後、実務者ばかりの2次会が清川陸男を中心に料亭金子楼で開催されています。金子楼は、文藝春秋の菊池寛も遊びにきていた場所でした。

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懇親会:イタリア軒

参考:イタリア軒物語

イタリア軒(2代目)(大正期)(出典:「新潟のまち 明治・大正・昭和」(新潟日報事業社 1972))

創立当時のイタリア軒

https://goo.gl/maps/9AVzhBNpNYu5aQeU9

2次会:金子楼(料亭)

出典)新潟市地図羽越線全通記念博覧会)(越後佐渡デジタルライブラリー)

このときの懇親会のお座敷での写真は、わたしが習志野のお自宅を訪ねて渡邊正亥先生からお借りしたものですが、写真について渡邊先生は、次のように書かれています。

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習志野に渡邊正亥先生のご自宅を訪ねたときのスナップ写真

 

(令和4年[2022]11月10日 日本医学図書館協会創立95年)