22. 日本橋・和紙小物店「榛原(はいばら)」

榛原(はいばら)場所の変遷

空から見た日本橋榛原(Google earth)

はいばら(ホームページ)

♪子供の頃、駒込から都電で日本橋の三越に行っていたことは、すでに述べましたが、「はいばら(榛原)」のことを思い出しました。榛原は江戸時代から続く紙問屋で今でも日本橋で営業しています。和紙というと鳩居堂(銀座4丁目交差点)を思い出す方も多いかもしれません。

♪今日、榛原の社長の中村明男氏に電話してみました。中村氏は、東京大学医学部の基礎を築いた三宅秀(みやけ ひいず 1848-1938)の曾孫にあたる方です。わたしとは、高校から大学までの学友です。中村氏が三宅秀と関係があることを知ったのは、三宅秀の伝記「桔梗-三宅秀とその周辺-」のなかにあった系図からです。系図によると三宅秀の五女八重が中村氏の父方の祖母にあたられます。「榛原は1806年の創業で、そろそろ創業200年になる」とのことでした。

♪榛原の和紙は森鴎外も愛用していたそうです。森鴎外といえば、先日、紹介した高林寺の緒方洪庵の墓にある「追賁碑」の碑文を書いています。

♪本郷・谷中・神田界隈は興味のつきない地域です。

(平成14年5月16日 記)

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♪日本橋の「はいばら(榛原)」の暖簾(のれん)には、「雁皮紙」(がんぴし)と書かれています。

「雁皮紙 はいばら」の暖簾と中村明男氏
「はいばら」の入口
「はいばら」店内

♪くずした文字で、右から左に書かれているので、はじめて、この暖簾を中村明男氏にみせたいただいたときには、なんて書いてあるのかわからず、その読み方を教えていただきました。

♪雁皮(がんぴ)という植物は、ジンチョウゲ科の落葉低木で、それを原料とする雁皮紙は、「なめらかな肌ざわりで薄く、しかも墨つきが良いとあって文人墨客の間で大いにもてはやされた」そうです。

♪雁皮紙は、文化財の修復にも使用されるそうですが、買い求めた「雁皮紙」は、『二本榎保存碑』(関連連載第110回第112回第120回)のブックカバーにしています。少し贅沢で、間違った使い方かもしれませんが、和紙の文化を大切にしたいとの思いをこめています。

(平成20年1月6日 記)

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♪そろそろ,定年退職となるのを機会に自宅の書斎を整理していたところ,中村明男氏(故人・前榛原社長)を訪ねたときにいただいた小冊子「東都のれん会の栞」(平成十三年八月第八版発行)(東都のれん会 山本海苔店内)が出てきました。

♪そのなかに,榛原の紹介があり,榛原自身が書かれた榛原の歴史の記載がありました。榛原に関する文献は少なく,貴重な記録となっています。

 

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当店は,初代佐助が江戸日本橋の版元須原屋にて奉公の後独立し,同じ須原屋の屋号にて紙,墨,薬等を販売し,文化三年(一八〇六年)に縁あって同業種のはいばらを買い取り,屋号を「はいばら」と改めたことが創業となりますが,当店が一躍有名となったのは,雁皮という植物を原料とする「雁皮紙」を扱いだしたことによります。当時の紙は,楮こうぞを原料とするごわごわした品質のものが中心でしたが,雁皮紙はなめらかな肌ざわりで薄く,しかも墨つきが良いとあって文人墨客の間で大いにもてはやされ,以来「雁皮紙榛原」の,のれんは江戸中に広まったと言われています。その後,明治になり海外からの洋紙の輸入,国内でも官営の製紙工場が出来,日本中の紙商が,製紙メーカーの代理店として洋紙中心の取扱いになる中で,当社は和紙にこだわりつづけ,全国に残る良質の和紙の販売をする一方で,こうした和紙を材料に意匠を凝らした,金封,書翰箋,千代紙,団扇,懐紙等を加工販売し続けて,現在に至っております。

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(平成23年9月25日 追記)

 

日本橋榛原(はいばら)の銅版画と創業地

創業地:日本橋通壱丁目壱番地(現・中央区日本橋1丁目5番地辺り)

♪2年前,文京グリーンコート(関連第70回 第71回)のなかにある雑貨店(Za Gallery)で,日本橋「はいばら・榛原」(和紙小物専門店)制作のカレンダー(日本の伝統 榛原千代紙 CALENDAR 2011)(図1)を見つけました。デザインの良さに魅かれて購入しておきました。

図1.「日本の伝統 榛原千代紙」(CALENDAR 2011)の表紙

♪裏表紙に「榛原」の店先の様子を描いた銅版画(「明治時代の日本橋はいばら」)が印刷されていました。雁皮紙(がんぴし)と書かれた暖簾が掛かっています。「西洋紙品々」の吊し広告も見えます。微細に描かれており,当時のお店(たな)が浮かび上ってくるようです。

♪銅版画は,『東京商工博覧絵,下』(明治18年5月発行)1)のなかにあるものでした。それによると,「榛原直次郎」の広告は,2枚の銅版画からなっていることがわかりました。1枚目は,カレンダーに掲載されたもので,2枚目には,1枚目の店先に続く建物と,裏手の蔵が描かれていました。勝手口でしょうか,「はい原」の表札も見えます。(図2)(図3

図2.「榛原直次郎」(店舗部分)(銅版画)
図3.「榛原直次郎」(図2の続きの銅版画)

♪この銅板に彫られている榛原[中村]直次郎の妻・八重は,三宅秀の娘です。兄に三宅鑛一がいます。

♪「榛原」の創業地については,中村明男氏(三宅秀の曾孫・榛原社長)にお会いした時に,日本橋「西川」の隣の辺りとお聞きしていました。

♪国立国会図書館のデジタル資料を調べたところ,『東京市街地圖,日本橋區之部』(小林儀三郎著 小林組発行 明治37年)で「榛原」の場所が特定できました。創業当時の「榛原」は,日本橋のたもとで営業していたことがわかります。

榛原創業地の場所(出展:国立国会図書館デジタルライブラリー)

 

榛原創業地の場所(出展:国立国会図書館デジタルライブラリー

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榛原の場所の変遷

創業地日本橋区通壱丁目壱番地(現・中央区日本橋1丁目5番地辺り)

 

昭和5年(1930):中央区日本橋2丁目7-6へ新築移転

日本橋西川の隣から移転された当時の榛原

 

日本橋タワービルに新築移転される前の榛原ビル

平成25年現在:日本橋地区再開発の為仮店舗で営業(中央区日本橋2-8-11 旭洋ビル2F)

♪現在(平成25年)(注),「榛原・はいばら」は,「日本橋二丁目市街地再開発」のために仮店舗で営業中ですが,新店舗がどのようなお店になるのか楽しみです。

♪8月になると,亡くなられた中村明男氏と小石川植物園(東京大学総合研究博物館・小石川分館)のなかにある旧東京医学校本館遺構を見学したことを思い出します。

 

参考文献

1)『東京商工博覧絵,下』(国立国会図書館デジタル化資料)(『明治期銅版画東京博覧図全三巻 東京商工博覧絵』[湘南堂書店発行 昭和62年])
2)『桔梗:三宅秀とその周辺』(福田雅代編纂・発行 昭和60年)

(平成25年7月25日 追記 堀江幸司)

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新店舗の住所

その後、新店舗は完成して、現在(平成29年)の「榛原」の住所は、以下の通りです。

住 所:〒103-0027 東京都中央区日本橋2-7-1 東京日本橋タワー 電 話:03-3272-3801

(平成29年7月29日 追記)

 

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♪日本橋室町にある千葉銀行東京営業部に行く用事があって、帰りに、東京日本橋タワーのビル前の中央通りに面して建つ「榛原」に寄ってきました。伝統美を感じさせるオシャレでモダンな建築です。

♪和紙などを買い求める常連客と思われ人びとの出入りが多く、外人客の姿もありました。

♪来年の「榛原千代紙」のカレンダーと干支(亥)の置物を買いました。先代社長の中村明男氏が偲ばれます。

「雁皮紙」と書かれて暖簾がかかる

 

榛原(平成30年10月24日 堀江幸司撮影)

 

(平成30年10月24日 追記)

 

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💌令和2年(2020)6月16日発行の 「特殊切手 江戸ー東京 シリーズ第1集」の「和紙小物店」に「はいばら」の意匠が使われました(題材提供)。

原画作者:吉川亜有美(切手デザイナー)

 

 

 

(令和2年(2020)6月18日 追記)

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「榛原千代紙 CALENDAR 2021」の卓上型とポスター型を入手しました。これで卓上版の2019、2020、2021の3年間が揃いました。

今年は歳男(丑年)。これを機に、榛原千代紙カレンダー(卓上型)のコレクションを続けて行きたいと思います。

(令和3年(2021))1月8日 追記)

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紙の神様・岡太神社(おかもとじんじゃ)・大瀧神社(おおたきじんじゃ)の祠

場所:日本橋榛原本店・東京日本橋タワー屋上

♪「はいばら」のFb(令和4年1月5日付)の記事によると榛原本店には、紙すきの神様である岡太神社(おかもとじんじゃ)・大瀧神社(おおたきじんじゃ)(紙祖神 川上御前)(福井県越前市大滝町13-1)のご神体を祭る祠があるそうです。昭和15年(1940)にご神体をうけ、当時の榛原本社の屋上に安置されていましたが、現在の新店舗となってからは、日本橋の榛原本店のある東京日本橋タワーの屋上に遷され、和紙を生業とする榛原の発展を見守っているとのことです。

昭和5年当時の榛原商店(絵葉書)(堀江幸司所蔵)

 

写真:榛原(はいばら)提供

紙祖神 岡太神社・大瀧神社(福井県越前市大滝町13-1)

空から見た岡太神社・大瀧神社(Google earth)

越前市観光サイト

はいばら 和紙・雁皮紙

♪先代の榛原社長の中村明男氏が亡くなってから、この3月で16年となるそうです。旧店舗でお会いして帳場に架かっていた暖簾の「紙皮雁 はいばら」の文字のことなどをお聞きしたのが、つい昨日のように思い出されます。

♪はいばらの看板商品の一つである雁皮紙(がんぴし)(唄詠みの紙・文化財の補修保存の紙)については、この項のはじめのほうでも触れましたが、中村氏にお会いしたときに一枚購入して、澁澤栄一にも関係ある「二本榎保存碑」の拓本のカバーにしています。薄く滑らかな肌触りで、カバーにしても本体の表紙が透けてみえるほどです。大変貴重な雁皮紙ですが、オンラインショップでは、まだ、購入できるようです。

先代の社長・中村明男氏と暖簾
雁皮紙を貴重本のカバーにしてみました

、「代 紙° CALENDAR」というテキストの画像のようです

(令和4年1月20日 記す)