16. 東京大学医学部の名称の変遷

♪東京大学医学部は安政5年(1858)神田お玉ケ池松枝町に種痘所が開設されたことに、その起源があります。

♪その後、たびたび名称を変え、現在の東京大学医学部の名称となったのは、昭和22年(1947)のことでした。

♪名称の変遷は、以下の通りです。

安政5年(1858)
種痘所設立—-第1次(神田お玉ケ池松枝町)第2次(下谷大槻・伊東宅)


万延元年(1860)
種痘所移転—-第3次(下谷和泉橋通)


文久3年(1863)
医学所—-第1次


明治元年(1868)
医学所—-第2次


明治2年(1869)
医学校兼病院・大学東校(下谷和泉橋通旧藤堂邸)


明治4年(1871)
東校


明治5年(1872)
第一大学区医学校


明治7年(1874)
東京医学校(明治9年<1876>本郷旧加賀屋敷跡)


明治10年(1877)(東京大学の誕生)
東京大学医学部(第1次)


明治19年(1886)(帝国大学を設置)
帝国大学医科大学


明治30年(1897)(京都帝国大学の創設)
東京帝国大学医科大学


大正8年(1919)
東京帝国大学医学部


昭和22年(1947)
東京大学医学部(第2次)

♪森林太郎(鴎外)が、本科生となった明治10年(1877)に東京医学校は東京開成学校と合併して東京大学医学部となり、榊俶(さかき・はじめ)(精神科)が教授となった明治19年(1886)の正式名称は帝国大学医科大学でした。

♪「このように、東京大学医学部の名称は時代によって異なり、煩雑ですので、とくに区別する必要がある以外は、簡便的に東京大学医学部と表記します。

 

(平成14年7月11日 記)(平成29年6月9日 訂正・追記)